<ウィンブルドン2013コラム>ウィンブルドン史上最年長3回戦進出者の“チャレンジ”は加速する | 伊達公子 公式サイト

COLUMN

2013.07.08

<ウィンブルドン2013コラム>ウィンブルドン史上最年長3回戦進出者の“チャレンジ”は加速する

クルム伊達公子(全英2013)「照準はウィンブルドン。クレーを捨てた分、芝では頑張りたい」

今から約1カ月前。「苦手」と公言していた全仏オープンが終わると同時に、クルム伊達はある種の覚悟を込めて、そう口にした。泥臭い戦いが求められる赤土を去り、適度な雨と初夏の日差しが輝くグラスのコートへ。瑞々しく軽やかな芝の季節を、彼女は心待ちにしていた。

そして、もしかしたらウィンブルドン伝統の青芝も、クルム伊達の到来を待ち望んでいたのかもしれない。

オールイングランドクラブの芝を育む、6月のロンドンの空模様は不確かだ。大会がいかに人事をつくし綿密なスケジュールを組もうとも、気象によりそれらは変更を余儀なくされる。本人が望み、大会が予定していても、センターコートに立てない選手は少なくない。そのような状況の中、復帰以来5度目となるクルム伊達のウィンブルドンでの“チャレンジ”は、それが天命であるかのように“聖地”へと誘われていった。

「久しぶりに、いい風が吹いているのかな」

2年ぶりにウィンブルドンでの勝利を手にしたクルム伊達は、試合後にふとそう漏らした。

クルム伊達の“ドロー悪運”は、本人の「引きが強いんですよ」という言葉の裏を探る必要もないほどに明らかだ。全仏オープンでは、4年連続でトップシードと初戦で対戦。ウィンブルドンでも、2009年に第9シードのウォズニアッキに当たるなど、シード選手との対戦の歴史は枚挙に暇がない。

クルム伊達公子(全英2013)そのクルム伊達が今大会は、初戦で予選上がりの18歳、ビットヘフトと対戦した。予選上がりの若手といえど、勝利することは必ずしも簡単なことではない。予選を勝ち抜いた勢いが若さに乗れば、とてつもない力を生むことがあるからだ。

だが、精緻に噛み合うクルム伊達の頭脳と技が、相手の勢いを完膚なきまでに叩きのめす。ビットヘフトは腕力でねじ伏せようと強打を打つが、意志に欠く荒いショットは、クルム伊達にはおあつらえ向きだ。ボールの跳ね際を叩くライジングショットは、相手がラケットを構え直すよリ早くコートに返る。慌てた相手がなんとか打ち返しても、そのときにはすでにクルム伊達は、ネット際で待ち構えている。

この試合を客席で見ていた宮村美紀は、以前にダブルスで対戦した経験も踏まえ、クルム伊達の強さを「プレッシャーの掛け方」にあると言う。細かくリターンの位置を変え、少しでも怯むと畳み掛けるように攻めてくる。この日の試合でも、そのようなクルム伊達の武器が存分に発揮された。ビットヘフトにしてみれば、何が起きたか理解するより先に、試合が終わったのではないだろうか? 第1セットでクルム伊達が許したポイントは、わずかに6つ。第2セットは開き直った相手の反撃にあうが、追いつかれるより先にギアを上げて振り切った。試合時間は、44分。まさにクルム伊達の独壇場だった。

クルム伊達公子(全英2013)

2回戦は、順当に行けば第28シードのタミラ・パシェックと当たるはずだったが、実際に勝ち上がってきたのはノーシードのアレクサンドラ・カダントゥ。あくまで結果論だが、ここでも「良い風」が吹いていた。

シード選手を破ったカダントゥの武器は、左右の動きの良さと、フラット気味に放つバックの安定感。実はクルム伊達は試合前「あえて低い軌道のバックで打ち合う」プランを抱いていた。だがそれが効果的でないと見るや、フォアに球を集める戦術に切り替える。これが奏功し、第1セットを逆転で奪取。第2セットも常にブレークで先んじたクルム伊達が、ストレート勝利で3回戦進出を決めた。

クルム伊達公子(全英2013)クルム伊達にとって、復帰後初のウィンブルドン2回戦突破。同時にこの勝利は、42歳のクルム伊達に“ウィンブルドン史上最年長の3回戦進出者”の肩書きを与えるものでもあった。試合後、年長記録保持者であったバージニア・ウェイドが、クルム伊達に歩み寄り祝福の言葉を掛ける。翌日の全国紙には、クルム伊達の写真と共に「彼女の頭脳的なプレーは、画一的な女子テニスに見る楽しみを運んでくれた」との言葉が踊った。

記録を生み、人々の心に記憶を刻んで勝ち進んだ、2013年ウィンブルドンの3回戦。その舞台でクルム伊達を待っていたのは、昨年の優勝者でもある女王セリーナ・ウィリアムズ。歴史的な一戦を戦う相手として、これ以上に相応しい相手もいないだろう。5年前に衝撃の現役復帰宣言をし、日本国内のITF大会から始まったクルム伊達の再チャレンジは、ついに世界で最も有名なテニス大会で、“女子テニス史上最高選手”と戦うところまで辿り着いた。

「セリーナとは、やりたくないですよ。やらないで済むなら、ずっと当たらないで過ぎ去って欲しかった」

クルム伊達公子(全英2013)

対戦が決まったときに口をついたその言葉は、果たしてどこまで本音だったろうか……? 「さすがにちょっとパワーがありすぎなので、ポイントを取るイメージが湧かない」

そうは口で言いながらも、頭の中では何パターンもの策が練られているのではないか? そう期待してしまうのがクルム伊達の魅力であり、対戦相手にしてみれば怖いところだ。

そんなクルム伊達の驚異を、セリーナは十分に承知していた。何しろ今から2年前、ウィンブルドンのセンターコートでクルム伊達は、セリーナの姉・ビーナスを相手に敗れはしたものの、6-7 (8)、 6-3、8-6のスコアで追い詰めているのだから。「あの試合を見たせいで、私の寿命は4年は縮んだわ!」というセリーナの言葉は、誇張ではないだろう。

「彼女は全ての選手に刺激を与えてくれたし、心から尊敬している」という言葉も、決して表層的なものでない。そのことは、クルム伊達に関する次のような詳細な分析にも明らかだ。

「キミコは、目と手の連携が素晴らしい。リターンショットも信じがたいほどに良い。どんなに速いショットを打っても、彼女の目はボールをとらえ打ち返してくる。それに手の感覚がすごく良いから、ネットに出て素晴らしいボレーを打つ。そしてフラットに打つボールは、跳ねずに低く飛んでくる。そういうプレーは、芝では特に危険なのよ」

対戦したことがないとは思えない程の、完璧なまでのクルム伊達分析。幸か不幸か、この女王から“油断”は期待できそうになかった。

クルム伊達公子(全英テニス2013)話題性的にも、そしてセリーナの知名度や実績から考えても、この2人の試合が1番コートに組まれたのは意外であった。しかも、男子の試合が2つ続いた後の4試合目。まだ前の試合が終わらぬ内に、太陽は西の空に傾いていく。

ところが……である。今日中に試合ができるかどうかと人々が疑いはじめたころ、クルム伊達とセリーナの試合が、センターコートに移されるとのアナウンスが会場に流れたのだ。やはり、クルム伊達はウィンブルドンに愛されている。
 
2人がコートに足を踏み入れると同時に、センターコートの観客たちは立ち上がり、万雷の拍手で迎え入れた。その拍手には、昨年の優勝者への敬意と同時に、42歳の3回戦進出者への敬愛の情も込められていたろう。2年前に同じ場所でビーナスと大熱戦を繰り広げた事実も、観客の多くは知っていたのかもしれない。

それら拍手や声援の多くがクルム伊達に向けられていたと確信したのは、第2ゲームでのことだ。クルム伊達がフォアで鮮やかなウイナーを決めた瞬間、1万人を超える観客は特大の拍手で美しい軌道のショットを称賛した。その後もクルム伊達は、長くテニスを見てきただろう聖地のファンを、古き良き時代を想起させる優美なテニスで魅了する。

この日のセンターコートが最も熱を帯びたのは、第7ゲームでクルム伊達がブレークを奪った場面だ。早いタイミングのリターンを打つや否やネットにつめ、繊細なタッチのボレーをコートに沈める。続くポイントでは、クロスの打ち合いから機を見て放ったバックのストレートが、懸命に伸ばしたセリーナのラケットを快音を残して弾いた。刹那、湧き上がる大歓声。42歳が青芝に描く独創的でスリリングな極上のアートは、客席を何周も回る特大ウェーブを呼び起こす。いつの間にかクルム伊達と観客の間には、甘美な連帯感が生まれていた。

結果としてこのブレークが、クルム伊達がこの日奪った最後のゲームである。だが、セリーナ相手にネット際で8本のウイナーを決め、最後はスタンディングオベーションで讃えられた試合の真実は、2-6、0-6という数字ではとても測れるものではない。

「観客はテニスを良く分かっている人たちだし、とても温かさを感じた」

心地良い高揚感に身を浸し、クルム伊達はこうも続ける。

「想像していた以上に、ラリーに持ち込めば自分のテニスができた。今度はハードコートで、セリーナと戦ってみたい」

わずか2日前には「戦いたくない」と言っていたその相手と、早くも熱望する再戦の機会。芝より球足が遅くなるハードなら「もう少し、自分のリズムでプレーできるのでは」という確かな手応えを、彼女はコートから持ち帰っていた。
 
後ろで束ねた長い髪は、5月から始まった欧州遠征の長さを物語る。ウィンブルドン後は日本に戻り、まずは疲れた身体を癒しながら、心身をリチャージするのだろう。そして7月中旬からは、再び長く厳しい戦いが始まる。

黄色いボールが緑の芝を滑るように、クルム伊達の“チャレンジ”はウィンブルドンのセンターコートで加速し、北米のハードコートへと翔び立っていく。

【シングルス】
1回戦 クルム伊達 6-0 6-2 カリナ・ビットヘフト
2回戦 クルム伊達 6-4 7-5 アレクサンドラ・カダントゥ
3回戦 クルム伊達 2-6 0-6 セリーナ・ウィリアムズ

「ミックス初勝利どころか、ウィンブルドンでは初プレーですよ。いや、初戦はバイなので2勝ですね」

クルム伊達公子(全英オープン2013)2回戦の勝利後に、クルム伊達はそう言って笑った。体調さえ良ければ、出たいと思っていたミックスダブルス。その機会が、ウィンブルドンで訪れた。

今大会でペアを組んだマレーロとは、ダブルスパートナーのパラサントンハの紹介で知り合った。「今回組むまで、顔も知らなかった」というが、実際にプレーしてみると「凄く勝ちにいくタイプ。良く動いてくれるし、私には良いパートナー」だと感じたという。

テニスを楽しむと同時に「やるべきことが明確になるので、調子を上げるのにも良い」という目的で出場したミックスダブルス。さらに実際に出てみて気がついた、思わぬ収穫もあったという。

「ミックスに出ると練習も男子と一緒にやるので、凄く良い練習ができた。新しい発見です」

マレーロとは、次の全米オープンにも出ようとすでに話しているという。次々とコートから持ち帰る、モチベーションと好材料。

クルム伊達とウィンブルドンは、どこまでも相思相愛のようだ。

【ダブルス】
1回戦 クルム伊達/アランチャ・パラサントンハ 6-7 6-2 3-6 クリスティナ・マクヘール/タミラ・パシェク

【ミックスダブルス】
1回戦 bye
2回戦 クルム伊達/ダビド・マレーロ 6-3 7-5 ジェイミー・マレー/ヘザー・ワトソン
3回戦 クルム伊達/ダビド・マレーロ 2-6 6-3 6-3 ジャン=ジュリアン・ロイヤー/ベラ・ドゥシェビナ

取材・文:テニスナビ
写真:佐藤ひろし

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