<全豪オープン2013コラム>自分を信じ続け手にした“歴史を塗り替えた勝利” | 伊達公子 公式サイト

COLUMN

2013.01.28

<全豪オープン2013コラム>自分を信じ続け手にした“歴史を塗り替えた勝利”

クルム伊達公子(全豪オープン2013)それはあまりに凄まじすぎて、そのまま試合が終わると信じるのを、最後までためらうほどであった。「飛ばしすぎて、いつか急ブレーキがかかってしまうのではないか?」「どこかで相手にスイッチが入り、追い上げられてしまのではないか…?」だがそのような疑念は、単なる杞憂に終わる。

2013年最初のグランドスラムとなる全豪オープンの、1回戦。クルム伊達公子がネットをはさみ対峙するのは、第12シードのナディア・ペトロワである。日本のテニスファンにとっては、昨年9月の東レ・パン・パシフィックオープンで、サマンサ・ストーサーやアグニエシュカ・ラドワンスカら世界のトップランカーをパワーでねじ伏せ優勝した豪腕が記憶に新しいところだ。

そのペトロワに、世界100位のクルム伊達が勝った。それも単なる勝利ではない。相手が手も足も出ない、完勝である。


試合時間1時間4分。スコアは、6-2、6-0。

ペトロワのフォアがワイドに切れ勝利が決まると、クルム伊達は鋭く「カモーン!」と叫び、右手の拳を何度も何度も力強く握りしめた。

試合立ち上がりから、クルム伊達の好調さは明らかだった。フットワークが軽快だ。ショットをとらえるタイミングが早く、ボールが深い。何よりフォア、バック共にダウンザラインへのショットが、吸い込まれるようにライン際をとらえていく。パワーはあるが左右の動きに難のあるペトロワは、このクルム伊達の展開力について行けない。またクルム伊達は、リターンのポジションを小まめに変えて、ペトロワに気持ちよくサーブを打たせなかった。

第1セットは、開始から怒とうの4ゲーム連取。だが第5ゲームでブレークポイントを取りきれず、逆に続くゲームでは、ペトロワにブレークを許し、4-2と追い上げられた。もし、この試合に潮目が変わる機があったとすれば、それはここだったろう。

もちろんそんなことは、クルム伊達は百も承知だ。そして、勝機を絶対に逃さぬ彼女の闘争本能が、この重要な局面で最高のプレーを可能にする。コートを端から端まで走り切ると右腕を一閃、フォアのランニングショットが相手コートを切り裂いた。以降も、次々にウィナーを奪いブレークに成功した時、クルム伊達はこの日最初の「カモン!」を叫んだ。

クルム伊達公子(テニス)

第2セットも、流れは変わらない。クルム伊達のカウンターになす術のないペトロワは、途中からスライスやドロップショットを混ぜてリズムを変えようと試みるが、それは彼女のテニスではない。さらに言うなら、それらの揺さぶりもクルム伊達を掻き乱すに十分ではなかった。こうなるとペトロワは、何を信じて良いのか分からなくなる。苛立ちミスを重ねる相手を尻目に、クルム伊達は最後まで集中を切らさない。

「どんなにリードしていても、ケイレンで動けなくなり逆転負けした過去の記憶などがのしかかってきた。油断できないという思いはずっとあった」

そのような危機感を最後まで抱えながら、クルム伊達は走り切る。だからこそ圧勝に見える展開でも、大接戦であるかのように1本1ポイントごとに自分を鼓舞し、勝利の瞬間には歓喜を爆発させたのだ。大会2日目にして起きた、今大会最大とも言える番狂わせ。それは全豪オープンの歴史において、最年長勝利記録が樹立された瞬間でもあった。

クルム伊達公子(全豪オープン2013)その記録は、わずか2日後に更新される。もちろん塗り替えたのは、クルム伊達本人。それも、40度を記録した灼熱のコート上での快挙である。

対戦相手のシャハー・ピアーは、最近こそケガなどでランキングを落としているが、2年前には11位に座した実力者。加えるなら、いかなる状況でも諦めない“ファイター”として知られる選手だ。

しかし、そんなしぶとい相手ですら、クルム伊達のスタートダッシュに遅れを取った。この日の彼女も、身体がよく動いている。昨年のウィンブルドン後に取り組み始めた「身体を機能的に動かすトレーニング」の効果だろうか、猛暑の中で走り勝っているのは、明らかにクルム伊達だ。何よりも、ショット選択や試合運びにおいて、完全に相手を飲んでいる。コートサイドに座るピアーのコーチ達が「シャハーも良いショットを打てているし身体も動いている。唯一の(相手との)違いは“頭”だ」と話す声が聞こえてきた。第1セットはその“頭”で試合を支配したクルム伊達が、相手のミスを引き出し、6-2で奪取した。

だが第2セットに入ると、試合の様相は変わってくる。3-0とリードするものの「急に身体が重くなり」追い上げを許す展開に。

一度動かなくなった身体が、再び軽くなることはない……。そう当人が述懐する苦境において、彼女を支えたのは頭でも身体でも無く、気持ちである。4-4の30オールの局面で、振り回されながらも気合で相手コートにねじ込んだ、目が覚めるようなフォアのパッシングショット。打つと同時に「カモーン!」と叫ぶ一撃を放つことで、重くなった身体を気持ちで引っ張った。

この大会2つ目の勝利をクルム伊達にもたらしたもの――それは心技体それぞれのカードを、最も効果的な局面で正しく切る、執念に似た勝負師の資質だろう。

クルム伊達公子/パーラ・サントンハ(全豪オープン2013)

これらのシングルスの他にも、今大会クルム伊達はダブルスに出場し、パーラ・サントンハと共に2つの白星を手にしている。しかもそのうちの一つは、第2シードから奪った金星だ。シングルス、ダブルス共に3回戦で敗れたものの、数々の記録以上に大きな記憶を大会に刻んだ42歳は、「このような日が訪れるとは、本当に思っていなかった」と感慨深げな表情で、濃密な8日間を振り返った。

それにしても……である。

クルム伊達が過去に数々の奇跡を起こした事実を知りながらもなお、戦前にこの結果を予測できた人は、果たしてどれほど居ただろうか? 昨年末に多くの勝利を手にしたとは言え、それはITFやチャレンジャーなどの下部大会でのこと。最後にWTAツアーで手にした勝利は、2012年3月上旬のものだ。だからこそ、ランキングが100位を切った昨年末には、会見の度に“Xデー”を伺うような質問を浴びせられもした。

そのような過去を踏まえ、今大会の初戦後の会見で、ある記者が申し訳なさそうに次のようにたずねた。

「昨年末は、引退のことばかり聞かれて不愉快な思いをしたと思うのですが、最終的に『続けよう』と決めたのは、いつだったんですか?」

またその話に戻りますか――そう短く苦笑した後に、クルム伊達はこう答える。

「う〜ん、忘れました。ただ(昨年初夏に)ケガをした時点で『このままでは辞られない』とは思っていました」
 
このままでは辞められない。

思えばこの言葉は、2011年末にも聞いた台詞である。その時もやはりケガに苦しめられ、納得の行く結果が残せない中で、彼女は周囲の懐疑的な見方を拒絶し、自分を信じて走り続けた。そのような苦しい戦いを2年近く続けた末に、ついに“グランドスラム単複3回戦”という地平の彼方に達したのである。

クルム伊達公子(全豪オープン2013)新たなシーズン開幕と同時に開けた視界の先を見据え、クルム伊達は「身体が動けば、こういう所まで来られると確信できた。収穫の多い、グランドスラム2013年全豪オープンだった」と胸を張る。

シングルス3回戦後のことである。各国の記者が多く詰めかけた会見で、地元オーストラリアの記者から「来年も戻ってきますか?」の問いが投げかけられた。

42歳の“ベスト32”進出者は、満面の笑みで逆質問する。

「分からない。あなたはどう思う? 私は帰ってくると思う?」

その輝かしい表情が「Yes」と言っているように感じたのは、その場に居た人全員に共通した思いのはずだ。


クルム伊達選手からのコメント

――今回の全豪オープンでの快挙を過去のライバルたちも、絶賛していました。第一のキャリアと再チャレンジ後も含めた、最も思い出深い試合とは何でしょうか?

私にとって……1つを挙げるのは難しいことです。

やはりウィンブルドン96年グラフ戦でしょう。96年のフェドカップももちろんあのシュテフィ・グラフから勝利し、日本がドイツに勝ってワールドグループで準決勝まで進んだのですから忘れがたい試合ではあります。

しかし、大好きなウィンブルドンでのグランドスラム準決勝。日没による2日間に渡った戦いは私にとって唯一決勝へ行ける大きなチャンスでもありました。

そして、再チャレンジからはやはりグランドスラムでの試合はどれも特別な想いがあります。2010年ローランギャロスのディナラ・サフィナとの戦い……2011年ウィンブルドンでのビーナス・ウィリアムズとの戦い……。

1つの試合というわけじゃないけど今年の全豪オープンの3回戦までのすべて。

やっぱり今、3回戦までいけたことは大きなことだったから。トッププレイヤーとの戦いは私にエネルギーを与えてくれるから、私自身のレベルを引き上げてくれるのでしょう。どれも大切な思い出です。

取材・文:テニスナビ
写真:佐藤ひろし

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