<全豪オープン2015コラム>疑念と戸惑いを抱えながらも、ダブルスで放った眩い光 | Kimiko Date Official website

NEWS

2015.02.03

<全豪オープン2015コラム>疑念と戸惑いを抱えながらも、ダブルスで放った眩い光

【Sorry, not available in English】

2008年の“チャレンジ”から、約7年の月日が経った。

復帰後、初めて出場したグランドスラムは2009年の全豪オープン。それ以来、このメルボルンのコートには、6年連続で立ってきた。

昨年9月の東レPPOで痛めた右股関節のケガ(大転子の滑液包炎)は、彼女を1カ月半もコートから遠ざけ、その間、ランキングは116位まで落ちた。それでも年末にはITF2大会で準優勝とベスト4の好成績を残し、再び戻ってきたグランドスラム本戦圏内。

7度目の全豪オープンのコートに向かうクルム伊達の胸はきっと、新たなチャレンジへの希望に満ちているのだろう……そのように思われた。

実際に彼女が抱えていた苦しみを、多くの人は知ることはない。初戦のコートに立つクルム伊達は、大転子の滑液包炎による痛みに加え、心にも痛みを抱えていた。ケガが原因で、身体が思うように動かぬもどかしさ。そのケガが、今後治るのか判然としないことへの不安と焦燥。しかも対戦相手のタチュシビリは、予選上がりとは言え、2年前には50位に達した実力者だ。体力とパワーが持ち味のこの相手からは過去に、カウンターとショットバリエーションを武器に2勝を奪っていた。しかし動きが制限される今回の対戦では、カウンターに本来の切れ味が生まれない。それでもサーブ&ボレーなどの手札の豊富さを生かし、第1セットは0-3から、第2セットは0-4から追い上げを見せている。

クルム伊達の逆襲が、ここから始まるのか……そのような期待感に客席は色めき立つが、コート上のクルム伊達は顔をしかめ、「動いてくれ」との願いを込めるように、拳で足の付け根付近を何度も叩く。いずれのセットでも最後の一歩を詰め切れないまま、試合は1時間24分で終幕を迎えた。

「一旦は本当に、コートに立てないかなと思っていた」

試合後にクルム伊達は、目に涙を浮かべて、苦しい胸の内を絞り出すように言葉にする。

「昨年末もITFに出たのは、全豪の本戦出場を目的にしたのではなく、目の前にある状況とただ向き合っていただけで……その結果が、今たまたまあるだけ」。

目の前にある現実を……動かない身体があるという事実を彼女は受け入れ、その上で「私自身も今、立ち向かっている最中」だと言った。夜9時近くに終わった試合の翌日には、ダブルスでの厳しい戦いも待っている。

「辛うじてダブルスはまだ……ギリギリ楽しめています。心強いパートナーも居ますので」。

自分の身体を、心を確かめるように、彼女はもう一つの戦いへと向かっていった。

【シングルス】
○アンナ・タチシュビリ 7-5 6-4 ●クルム伊達公子

第1セットを競った末に落とすと、第2セットは出だしから相手に走らされゲームカウント0-5に。普通なら、もう勝敗は決したと誰もが思う展開である。ましてやこれは、シングルス以上に“流れ”や“勢い”が大きく影響するダブルスだ。それでもクルム伊達とデラクアは、ベンチで時折笑顔を見せながら盛んに言葉を交わしている。逆転への秘策を、2人で練っていたのだろうか……?

試合後に、クルム伊達が明かす。

「ケーシーとは、彼女の次のシングルスの対戦相手であるマディソン・キーズのことを話していました」。

つまりは、今自分たちが戦っている試合とは、全く別のことを話していたのだ。諦めか、あるいは開き直りの境地か、それとも目先を変えることで、新たな視界を開こうとしたか……? いずれにしても、ここからクルム伊達とデラクアの、奇跡のような逆転劇の火ぶたが切って落とされた。

最初の危機は、0-5からのデラクアのサービスで訪れた。15-40と、相手につかまれた2本のマッチポイント。

この絶体絶命の窮地で飛び出したのが、クルム伊達の思い切りのよいポーチだ。立てつづけに決めた2本のボレーが、反撃への狼煙である。九死に一生を得てこのゲームをキープすると、突如として“流れ”も“勢い”も180度反転した。ダウンザラインへの速い展開を増やすクルム伊達とデラクアの攻めに対する答えを、ダブルスを組んで日が浅い、彭帥/徐一幡ペアは持たない。息もつかせぬ猛反撃。瞬く間の7ゲーム連取。勝敗の行方は第3セットに委ねられた。

この勢いそのままに、クルム伊達たちが押し切るか……? そう思われた最終セットはしかし、再び五分五分の状態で進んでいった。先にクルム伊達たちがブレークするも、ブレークバックを機に彭帥/徐一幡たちが優勢になる。5-6からのクルム伊達のサービスゲームでは、相手に3本のマッチポイントを握られもした。

結果的には、この危機を脱しゲームをキープしたことが、最後の潮流を引き込む契機となる。タイブレークではクルム伊達たちが5ポイント連取。2時間28分のスリリングかつ濃密な試合を勝者として終えた時、クルム伊達は沸き起こる歓喜を全身で表現するかのように、満面の笑みを浮かべ、デラクアと固いハグを交わした。

「ダブルスは展開が速いので悩んでいる時間もないし、パートナーも居ますから」。

逆転劇の立役者は、コート上での胸中をそう明かした。

疑念に煩わされることなく、目の前のその瞬間、その一瞬の勝負に打ち込むクルム伊達は、奇跡を起こすほどの眩い光を放つ。その輝きを少しでも長く、少しでも多く目撃したい……そんな願いを人びとの胸に灯しながら。

【ダブルス】
1回戦 ○クルム伊達公子/ケーシー・デラクア 4-6 7-5 7-6(5) ●彭帥/徐一幡
2回戦 ○シルビア・ソレルエスピノサ/マリアテレサ・トロフロル 7-5 6-2 ●クルム伊達公子/ケーシー・デラクア

クルム伊達選手からのコメント

――結果に関わらず、コートに立つことで、何かファンに伝えるメッセージなどを意識していますか?

「ない訳ではないです、当然。ただ44歳でも20歳でも、このコートに立つからには、ベストを尽くさなくてはいけないという意識も持っています。出ることに意義があるという考えは、復帰ばかりの頃は無くもありませんでした。でもここに居る以上は、そんな考えでは他の選手に失礼になる。他の選手と同じ意識でいなくてはと思っています」

取材・文:テニスナビ
写真:佐藤ひろし