勝利という2文字の前に立ちはだかった1本のショット | 伊達公子 公式サイト

COLUMN

2012.10.29

勝利という2文字の前に立ちはだかった1本のショット

クルム伊達にとっては、上位進出を果たしたい大会だった。

昨年は、ランキングが3桁に落ちる苦しい中で同大会に参戦し、執念で優勝をもぎ取り復調のきっかけをつかんだ。「自分のテニスが取り戻せた」、そう喜んだ思い出の場所である。再び上昇気流をつかむためにも、今年も高いモチベーションで挑んだはずである。

しかしここでも、試練がクルム伊達を襲う。初戦の相手は、第2シードのエレーナ・ベスニナ。現在のランキングは79位だが、3年前には22位に到達している実力者。昨年あたりからやや成績が落ちているが、今季は終盤にきて調子を上げ、10月の北京大会でも予選から勝ち上がりベスト16入りを果たしている。この大会で結果を出し、来季につなげたいと考えているのは、相手も同じだった。

それでも、難敵相手にクルム伊達は、立ち上がりから試合の主導権を掌握した。第1セットは6-3で奪い、第2セットも5-4とクルム伊達が先行。相手のサービスゲームながら30-30と競り、勝利まで2ポイントまで迫っていた。

だがこの大切な局面で、わずか数センチのあやがクルム伊達を苦しめ、試合の流れを変えてしまう場面が訪れる。クルム伊達のフォアのリターンが、良い当たりをみせる。明らかに振り遅れるベスニナ。だがそのボールが、ネットにかかりクルム伊達のサイドにポトリと落ちてしまった......。

「こんな場面でも運はまったく味方してくれませんでした」、そうクルム伊達が嘆く場面である。勝負事に「たら」「れば」は禁物とはよく言われる。だがそれは逆説的に、1つの判断、1本のショットがいかに勝負の命運を左右するかを物語ってもいる。もし、あのボールが相手コートに落ちていれば......せめてネットに触れず素直にクルム伊達のコートに飛んできてくれていれば、試合後の風景は全く異なるものになっていたかもしれない。結局、このゲームをベスニナがキープし、第2セットはタイブレークに。だがあの1ポイントで命拾いしたベスニナは、集中力を上げてきた。一度変わった潮目を再び変えるのは容易ではない。タイブレークの末に第2セットを奪われたクルム伊達は、第3セットは勢いに乗る相手をとらえきることができなかった。

以前にクルム伊達は、「WTAツアーというのは、ある意味でみんな命がけで戦いに来る場所」と、ツアーの過酷さを言い表したことがある。クルム伊達が並々ならぬ覚悟と執念で勝利をつかみにいった相手も、ツアーを主戦場としてきた選手。当然ながら、このレベルでは簡単な試合など1つもない。
 
敗戦後のクルム伊達は、悔しさをあらわにする。だがそれは、元22位相手に試合を支配し、勝てるチャンスを十二分に握っていたという手応えの裏返しだ。

次のトーナメントは、相性の良い台湾。しかも今年から、"WTAチャレンジャー"という新たなカテゴリーに昇格された、新たな大会でもある。悔しさを結果に転換するのには、相応しい場所だ。

記事:テニスナビ