クルム伊達が見せた、勝負にかける「執念」と「信念」 | 伊達公子 公式サイト

COLUMN

2012.11.27

クルム伊達が見せた、勝負にかける「執念」と「信念」

「もう日本人選手が残っていないので言いますが、臀部の状態はかなり悪かったんです」

そうクルム伊達が明かしたのは、3回戦の奈良くるみ戦後のことである。

ダンロップ・ワールド・チャレンジのクルム伊達は、臀部や腰の激しい張りと痛みに悩まされていた。その痛みは、2回戦の江口戦でピークに達し「ケガに発展する一歩手前」だったという。だが、ケガについて公の場で口にすることは、対戦相手たちに自分の弱みをさらすことになる。日本人選手がいなくなった後に初めて症状を明かすその姿勢に、クルム伊達の、激しく厳しい勝負師としての本質を見た思いだった。

痛みに苦しみ、それを周囲に気付かれないようにしながらも、クルム伊達は相手の心理や試合の潮目を読みながら、求める結果を手にしていった。

奈良戦では、立ち上がりの猛攻で試合の流れを掌握した。奈良という選手は、相手のプレーに応じて戦い方を変えられる柔軟性を持っている。その分、試合開始直後は対戦者のプレーを見る傾向があり、スタートダッシュするタイプではない。その隙を、クルム伊達が見逃すはずはなかった。

集中して試合に入っていたクルム伊達は、奈良のサービスゲームをいきなりブレーク。またこのゲームで決めた1本のロブが、「ネットに積極的に出る」というプランで挑んだ奈良の心に、迷いを産ませたかもしれない。クルム伊達は機先を制することに成功すると、怒とうの4ゲーム連取で主導権を握った。

だがこのあたりから、臀部の痛みがクルム伊達を襲う。コート上でも何度もストレッチをくり返し、動きも目に見えて落ちていった。奈良の調子が上がり始めたこともあり、ここからクルム伊達は5ゲーム連取を許してしまう。

ここで流れを引き寄せる契機となったのは、メディカルタイムアウトだ。一度コートを離れ、張りをほぐすための治療を受ける。コートに戻ってきたときのクルム伊達は、再び試合開始時に戻ったかのように、早いタイミングで攻め立て3ゲーム連取で第1セットをものした。第2セットでも、経験と引き出しの豊富さに勝るクルム伊達が、若い奈良を押し切りベスト4進出を決めたのだった。

準決勝のマリーとは、今大会が初の対戦である。それでも数日前に行った一度の練習で「穴のない選手」という印象を抱いていた。だからこそ、「メリハリの効いたプレーを心がけた。攻めるときは攻めて主導権を握り、守るときは走る覚悟はしていた」という。

臀部の痛みという爆弾を抱えながらも、クルム伊達が勝利への信念を曲げることなどない。試合開始からの5ゲーム連取は、掌握した勝機を逃さぬ攻めの表れ。デュースの末に奪った4つのゲームは、走り切る覚悟の対価である。土居美咲を破るなど今大会好調だったマリーを、僅か1時間で退けた。

決勝で対戦したのは、約1カ月前のリモージュ(フランス)大会で破れているボーゲル。そのときは「彼女が比較的弱いフォアを狙っていったが、逆にカウンターで上手く返された。なので今回はバックに振っていくなど、攻め方を変えた」という。その選んだ戦術の正しさは、ゲームキープを重ね、先にブレークに成功した試合立ち上がりに象徴されている。

だが、クルム伊達の緻密で張り詰めたプレーは、ほんの少しの狂いで全体のリズムを崩しかねない。4-3とリードした後におかした、ボレーミス。「結果論になるが、あのプレーでリズムに乗れなくなった」と悔やむ一本を境に、試合は互いにブレークを繰り返す激しい打ち合いに雪崩こむ。このような展開では、頼れる強烈な武器を持つ方が優位に立ちやすい。

そしてボーゲルには、サーブという圧倒的な武器があった。第1セットのタイブレーク、あるいは第2セットの第4ゲームや6ゲームでクルム伊達がブレークのチャンスを迎えたときも、ボーゲルはサーブで危機を逃れる。最後まで逆襲の気配を漂わせながらも、クルム伊達はボーゲルを捉えきることはできなかった。

「以前は決勝で強かったんだけれど、最近は決勝で勝てませんね」

試合後のクルム伊達はそう苦笑したが、痛みを抱えた中で重ねた白星は、彼女の勝負にかける執念や信念の結晶だろう。そんなクルム伊達は、試合が終わりコートを去る際、必ず進行中の他コートの試合に影響が出ないよう、チェンジオーバーのタイミングで足早に引き上げる。自分のみならず、他選手の勝負にも気を配る――そんなクルム伊達の繊細さが、走り去った後のコートに残っていた。

1回戦 クルム伊達 6-1 3-0ret.セニア・リキーナ
2回戦  クルム伊達 6-3 6-2 江口実沙
3回戦  クルム伊達 7-5 6-3 奈良くるみ
準決勝 クルム伊達 6-3 6-2 サマンサ・マリー
決勝  クルム伊達 6-7 4-6 ステファニー・ボーゲル

記事:テニスナビ
写真:佐藤ひろし